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2008年11月

萩城下町、青海島へと修学旅行で行ってきました!

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マルチ人間の私は、晩秋の季節において極めて多忙です。

読書もある。金属加工メーカー企業から頼まれたHP制作もある。(これについては別ブログで見解を述べます) 市長選もある。(僕は出ないけど)品質管理のTQM手法の仕事もある。来年に向けた営業マンの行動管理システム開発企画書も書かねばならぬ。年賀状も書かねばならぬ。そして、遠くの鳥との対話もある・・・。

忙しいけど充実している。。。財布は充実していないけど。。。とほほ。

12月の始めには、重要かつ、希望の手術もある。(といっても・・・命とは無縁な手術) それは、哲学書が楽に読める手術。。。。だからこの手術はこれから先の私にとって、重要な手術です。(このことについても別ブログで見解を書きます。)

区長の仕事として修学旅行を先日控えていたから、手術をその後に予定しました。修学旅行の行き先は、生徒が決めた『萩、長門の旅』です。で、その経緯をまた書くのは面倒だから・・・区長便りを引用します。これを手抜きだと思いますか?

省エネです。(以下引用)

厳しい天候を覚悟していましたが、皆さんの行ないが良いのか、なんと・・2日間、晴れ間が見えた天気でした。 萩城下町においては、史跡研究者のガイドがありましたので、とても詳しく、毛利藩の教育に対する時代の先を見た投資がすごい~ということを実感。

そして、萩博物館にても、学芸委員の方による丁寧な解説付きでしたので、さらに「萩藩が如何に日本の近代化に努めたか!」を知り、我が福津市、そして光陽台からも、これから育つであろう・・・若き志士を、温かい目で見守るのが、年長者としての務めではないかと、我々研修生は実感しました。

こうした萩市民の自負が強いのには驚き、かつ、うらやましく思いました。 一日目の学習に疲れた生徒は大谷山荘で、ゆったりと温泉で疲れをとり、宴会に臨みました。宴会の始まりで、デジカメを忘れて部屋に取りに返った校長は、女性群から大ブーイング! 

酒席の半ばで、「カラオケは?・・」と言う声が上がりましたが、よく見るとカラオケマシンの姿が見えません。流石は高級旅館、品位がある!・・・でも料金を支払えば、用意するとのことでしたが、言い出して、時間も経っていたので・・・もったいないということで、カラオケを断念しました。

なんだか寂しい宴会になりそうな気配でしたが、「皆、アカペラで歌おうか・・・」と、國さんが掛け声掛けて歌いだしたので、皆はそれにつられて、手拍子で歌いだしました。すると、なんと、皆は、自分の持ち歌、軍歌、懐メロ、唱歌、演歌、艶歌と次々に、お互いが思い出しあって唱和が始まったのです。おまけに、輪唱まで試みて楽しみました。

もちろん遅刻で叱られた校長は、罪の償いで、無形踊り(歌に合わせて適当に踊る!) を、会場のど真ん中で、仲居さんを押しのけて、踊りまくりました。おもてなしの若い仲居さんは、「こんな宴会初めてです・・・」と、感動され、「お時間は・・・どうぞ、ごゆっくり!」と言って手を休めて(仲居さん)観賞!

この歴史に残る盛り上がりで、次の日、青海島の周回と金子みすず記念館を訪問しましたから・・・あとは、ご想像にお任せします。ただ、校長の愚痴を申せば、「ロビーに集合!」といっても、皆、勝手にバスに乗り込んで「校長遅いなあ~」という、ふとどきな生徒、忘れ物と、物忘れの良い生徒には、感心しました。

でも、みんな、無事に帰って来ることが出来ました。

『生徒のお陰で、翌日の朝・・・』

 ― 死んだように爆睡して起きられなかった区長より ―

といった内容でした。若年者が、年長者を引率するのには、やはり、気苦労と言うものがあります。(最年少ですから) やはり、人生の先輩を立ててものごとを進めないと・・・でも、住民を草木だと思えば・・・色々な草木があって当たり前ですから・・・野花のようなのも、とげのあるのも、枯れかかったものもありますから・・・「いろいろあってみんないい。」(金子みすずさんのものまね。) そう思えば・・・オバタリアンも別にどうってこともないですね。

ごく自然に接すれば、結構楽しいものです。

by  大藪光政

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