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2010年7月

中央ヨーロッパ旅行記Ⅹ(ラスト)

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   [ 昼食は、地下のレストランで食べました ]

昼食が終えると、後は、ショッピングと自由行動です。ショッピングはボヘミアクリスタルなどがあるプラハ最大規模店内のCELETNA CRYSTALというお店です。免税店手続きもしてくれます。

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     [ CELETNA CRYSTALの店舗にて作業する女性 ]

しかし、この店に入ったときは、すでに、皆さんとても足がくたびれていて店内のソファーが足りないくらいでした。

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ここで、最後の買い物をと思い、ビールグラスの最高品を買おうとしましたが、一つのグラスの値段が一万以上なので自分一つの専用を買おうとしましたが、どれもこれもセットでないと売れないと言うのです。

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セットだと十万円近くにもなります。それで断念して買うのを止めて自由行動で他の店にあたることにしました。

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でも、他の店もあまり、良いものはなく、いまひとつ信用がなさそうでした。自由行動といっても、たったの2時間程度ですから近くに美術館があるといっても足も疲れてちょっと無理な気がします。

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    [ 見つけたホテルのテラスにて写真家のⅠさん ]

それで、いつもの三人で、どうしょうか?ということになりました。一応、ウインドショッピングをして、すぐに、どこかゆっくり飲み物でも飲めるくつろぐ場所を・・・と探しましたが、道路沿いにあるカフェですら、一杯です。

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   [ ホテルの中庭みたいなところでアイスコーヒー ]

そうしている内に、CELETNA CRYSTALのお店の近くに、ホテルがあることに気付きました。外観上、わからない感じのホテルです。

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「ホテルなら、安心して飲み物を飲めるね。」と言うことで意見が一致して、ホテルの中庭にあるテラスで飲み物をとることにしました。

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   [ この先に、フロントがあって、そこを出ると通りに戻ります ]

通りからちょっと露地に入ったといった雰囲気です。とても、落ち着いて休憩することが出来ます。そこで、アイスコーヒーを注文することになって、ホテルのウエイトレスに、椋鳥さんが、「コールド・コーヒー」と英語で頼みましたが、相手は何のことか?わかりません。

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  [ ホテルの感じの良かったフロントの女性 ]

それで、色々手振り身振りしていると、相手が、「アイス・コーヒーですか?」と英語で問いただしたので、椋鳥さんが、「イエス!アイス・コーヒー!」と、やっとわかったと笑顔で答えました。三人とも、「なんだ、日本のアイスコーヒーで通じるじゃない!」と、爆笑しました。

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しかし、僕がその後で、「しまった!添乗員さんから、現地の水と氷は控えた方がよいと言われていたけど・・・アイスって氷だよね・・・」と、いったら、椋鳥さんとⅠさんも、一瞬、しまったという顔をしていました。すると、椋鳥さんが、「メニューを変更してきましょうか?」とまで言い出した。

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僕は、もう帰る間際だし、どうでもなれ!と言う気分で別に困りもしません。「まあ、仕方ないから、もういいよ。」と言いました。

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すると、実際、来たアイスコーヒーには、氷は入っていなくて、なんだか、コーヒーミルクみたいな冷たい飲み物でした。飲んでみるととてもおいしかった。(笑) ホテルなので、旅行客に対する配慮はなされているから、まず、安心して飲みました。

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    [ プラハの女性はこんな可愛い犬と一緒です ]

実は、このホテルのテラスで、アイスコーヒーを飲んだ後、しばし、眠ってしまいました。勘定は、Ⅰさんと椋鳥さんが払ってくれたようですが・・・。僕には、もう、ユーロのコインがありませんでした。

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        [ 自分のお土産分 ]

{左奥のグラス、ボヘミアンクリスタルグラス}

{右の瓶、スロバキアの装飾瓶}

{左の手前、マイセンのマグカップ}

この後、CELETNA CRYSTALのお店に戻って、ボヘミアンクリスタルをもう一度検討することにしました。すると、お店の男性が僕のことを覚えてくれて・・・ビールグラス二つセットを進めてくれました。とてもお買い得な価格だったので即決でした。

このお店の前で、最終集合場所となってその足で専用バスに乗ってプラハ空港に行きました。プラハ空港は、なんとなく、不思議な厳しさを感じます。

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  [ プラハ空港内にて写真を撮らせてもらいました ]

搭乗の席の切符は、みんなそれぞれ各自が複数のカウンターで求めることになります。僕の場合、美人の女性が搭乗手続きをしてくれましたが、何故か?莫迦丁寧で、僕の顔をじっと見ながら「席は、窓際が良いですか?」などと、英語で質問してくれてそうしたことに答えていましたが、他の人たちは、どんどん手続きが終わっているのに、僕だけおいてけぼりでした。

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     [ さらば、プラハよ! ]

でも、あとでわかったのですが、応対した美人の女性は僕にとても素晴らしい席を用意してくれていたのです。

つまり、翼の前の窓際でした。それは、乗り換えも含めてとても良い席でした。感謝!早く、手続きが終わったメンバーの人たちは、殆んど、エンジンの音がうるさい後部座席でした。(笑)

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[ 無事、帰路に向かった機内にて、添乗員MMさん ]

ふっと、後ろを見ると添乗員のMMさんが、何だかどっと疲れたように眠られていました。やっぱし、皆の世話には緊張で疲れも出たのだなあ~と思いました。まあ、僕みたいな世話の掛かるメンバーがいると・・・そうだろうなあ~と変な同情で、パチリとカメラに記念として収めました。後で、MMさんに見せたら、「やられた!」といって、苦笑!

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何故か、帰りの空の旅は慣れてしまって快適でした。ただ、椋鳥さんが一度だけ・・・「退屈だわ!」と言って僕のところにやって来ました。

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福岡上空に来ますと、雨が少し降っているのに気付きました。

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福岡空港上空に差し掛かって、ようやく無事に帰って来たという実感が湧きました。

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でも、福岡空港に着いたとき、ツアーの皆さんとは、あっけないお別れでした。椋鳥さんやⅠさんとは、僕も含めてお互い、連絡先も教え合うことなく別れてしまいました。親子三人の方達とも・・・。

せっかく、知り合ったのに・・・そして、意気投合したのに・・・と思いました。そういえば、椋鳥さんに、バスの中で、「パスポートが来年切れるみたいですけど、また、来年海外に行かれますか?」と、聞いたら・・・ちょっと寂しそうに、「もう、どうかねぇ~」と言われていました。

でも、ひょっとしたら、このツアーのメンバーの皆さん、そして、添乗員のMMさんとは、来年のツアーで再開するような 『偶然』 が待ち構えているかもしれません。

そういえば、旅先で読んでいた野内良三の「偶然」から読み解く日本文化を読み終えて、この間、僕のブログの『書物からの回帰』に、掲載したところです。

偶然から必然へと変位するには、やはり、『意志』がないと、何事も無かったような人間関係に戻るのだなあ~と、しみじみ思いました。

来年のことを言うのは早いですが、来年、又、ヨーロッパに行くつもりです。

今度は、スペインか何処か・・・やっぱり、少し、田舎のようなところがいいかもしれませんね。ハンガリーのブダペストみたいなところがいいですね。

<また、来年、最高の楽しみを偶然から必然へと!>

by  大藪光政

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中央ヨーロッパ旅行記Ⅸ

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    [ ホテルプラハの早朝、プラハ空港から飛び立つジェット雲 ]

早朝、ホテルから外を眺めるとジェット機の飛行機雲が次々と出来ていました。真ん中の黒いのは、大きな鳥です。飛行機ではありません。(笑)

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       [ プラハホテルの朝食、もちろん、バイキング ]

世界遺産、プラハ最大のゴシック複合建築などを見学していよいよ日本に帰国することになります。旅行の半日程に差し掛かったときは、まだ、たっぷりと旅行日が残っているなあ~と感じていたのが、もう、帰国しなければならない日となりました。

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  [ 椋鳥さんと写真家のⅠさん ]

そう思うと、ちょっぴり、寂しい気がします。
プラハのホテルでは、眼鏡を壊してしまったハプニングもあって、やはり、長旅ともなると色々あるなあ~と思います。眼鏡の件は、すぐにもうひとつスペアを持ってきましたから、別に問題はありません。それに変わっても誰も気付きません。つまり、ファションもそうですが、意外と他人はよく観察していないものです。それで、添乗員のMMさんにそのことを言ったら、「保険が使えると思いますよ!」と、アドバイスしてくれました。

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    [ 早朝の犬の散歩。ホテルの前で ]

そういえば、この旅行記を編集している時、今日の早朝のニュースで、スイスの登山電車が転覆して多くの負傷者を出したということでしたが、死者、そして、重傷者もおられたそうです。ツアーには、多くの日本人観光客がその中に入っていたようです。

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    [ プラハ最大のゴシック・ルネッサンス複合建築 ]

そうした事故に遭遇するということは、稀だとは思いますがやはり、これから旅行する人にとっては、そうしたこともあるというリスクを覚悟しなければなりません。動き廻ればそれだけ事故に出会う確率が高まりますから。

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     [ プラハ城の門には、門衛が直立不動で立っています。]

僕たちのツアーにおいては、やはり、バスでの移動が主でしたから、無事に旅行が終えたのもバス・ドライバーのイワント氏の安全運転に感謝しなければなりません。

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    [ まったく微動すらしません。まるで人形みたい ]

彼は家族をとても大切にしているようで、自分の事故で家族の生活を乱さないようにとの気持ちがとても強く感じられます。

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    [ 城内、真ん中は井戸なのです ]

まあ、乗客以上に自分の生活を大切にするんだという自覚があります。そこが、西洋人のすごいところでしょう。

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そんなわけでしたが、ツアーの有志の一人がバス車内の前で、「皆さん、私が、ご提案申し上げるのは僭越ですが、無事、今日まで旅行が安全に楽しめたのも、運転手イワントさんの安全運転のお陰です。そこで、提案申し上げますが、イワントさんにお礼を差し上げたいと思いますが、如何でしょうか?」と、スピーチをされました。

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    [ 三角状に見えるのは、あまりにも塔が高すぎるから ]

そこで、拍手!「それでは、今から、帽子を回しますから、1ユーロでも幾らでも構いませんので、差し上げたいと思われる方だけで結構ですから・・・ひとつよろしくお願いします。」と挨拶されました。

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      [ 下から教会を見上げる 80mもある建築です ]

そして、「あのう~お札でおつりのいる方は、帽子の中でその分を取られても結構です。」と、付け加えられました。

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それで、僕が椋鳥さんに小さい声で、「じゃあ~おつりを多めに取ろうかな?」と言って笑ったら、「シーっ」と、笑って注意されました。

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  [ こんなステンドガラスが色々ありました ]

帽子の中が結構な金額になったのは、言うまでもありません。日本人は、自分達のために安全運転をしてくれたのだと信じる民族ですから。乗客の為に安全運転するのと、自分と家族の為に安全運転するとでは、後者の方が随分と確かであるに違いありません。

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     [ これは、ステンドガラスではありません ]

イワントさんは、バスを運転しながらさりげなく、「僕の家はあの辺です・・・」と、添乗員さんと私達にに教えていました。それも、家族を持っていることを誇らしそうに・・・。

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   [ 上にあるパイプオルガンわかりますか? ]

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     [ 銀の彫刻。約五トンあるとも言われている。]

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旅行中、中央ヨーロッパは教会ばかりでしたから、途中、うんざりしましたが、この教会は規模が大きくてすごかったですね。やはり、宗教には、権威が必要なのだなあ~と思いました。

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中学生ぐらいの子供達が昼食をしていました。左後方の子供達がサングラスをするのは、ヨーロッパでは当たり前です。紫外線からの目の保護にはとても気を使っています。

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そろそろ、城外へと出ます。この日は、とても青空が美しく見えていました。最後まで、雨に遭わずにすみました。めでたし。

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カレル橋は、とても広くて色々な大道芸人もいます。

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この日は、とても観光客が多かったですね。橋の上でも迷子になりそうでした。

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この橋を渡り終えるところから見たお城の遠景がとても美しかった。この日は、絵葉書よりもきれいな光景を実感として味わえました。

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いろんなところから観光客が来られていますが、ここで、正午になると教会の上のテラスに動く人形が見られます。

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かなり、距離が離れていましたが、ズームで捉えることが出来ました。見えますか?人形が二つの窓にいるのが・・・。

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ワンちゃんには、見えませんね。これから、昼食となります。結構、疲れましたね。

   <昼食の後は、ショッピングと最後の自由行動です。>

by  大藪光政

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中央ヨーロッパ旅行記Ⅷ

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  [ バスは、マイセン向かって進みます 。途中、こんな景色ばかり]

<所要時間約3時間と、数十分、169kmあります。>

この旅行記はこれで8回目となりますが、これを投稿しているうちに例の野内良三氏の書いた『偶然から読み解く日本文化』が、そろそろ読み終えてきました。

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この本については、最初は興味津々で、途中からは引用文が多くて『それで何が言いたいのか』と愚痴をこぼしていましたが、最後の六章、『異文化受容と伝統』のまとめが良くて途中の疲れも癒されたようです。

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『偶然』かもしれませんが、この本を手にしたことと、ヨーロッパに行くことになったこととがうまく符合したので、この本に書かれているヨーロッパ人と日本人の『物』や『心』の捉え方を実際に旅行で実感してとても良かったと思っています。

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僕が、一人でこのJTBツアーに参加したのは、旅行による様々なやっかいな手続きから解放されて、しっかりと現地の空気を実感したかったからです。

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<遠くで白く見えるのは花です。バス走行中の撮影>

そういう意味では、写真撮影も本当はすべきではなかったかと思っています。自分の目にしっかりと焼き付けるべきだからです。

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しかし、また、この中央ヨーロッパに来るつもりですから、まあ、一度切ではないからと思って無量育成塾の教材にでもといった気持ちで撮りました。現地で、撮りそこないを削除して残ったのが1000枚ですから・・・別に、写真家のⅠさんと競争したわけではありませんが。(笑)

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ツアーの中での一人旅だったわけですが、単身三人組とはもちろんのこと、親子三人とも親しく一緒に楽しめたし、他の方とも気軽にお話が出来たのは、やはり、『異文化受容と伝統』に書かれてある西田哲学の物真似ではありませんが、自分を捨てるということ、少しですが無心になるということを試してみたからです。

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つまり、旅行中は、己に存在する観念的自己の一部を日本に置いて来たという姿勢を貫いたからでしょう。開放された自己を他に素直にさらけ出す。これは、とても気分の良いものです。

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でも、うるさいやつだなあ~と思われた方も中にはおられるでしょう。でも、そこのところは、我が道を行くです。それでも興味を示した椋鳥さんもおられたのでまずまずでした。

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岸辺の絶壁に城みたいな建物が見えてきました。とても、素敵な眺めです。この頃になると、バスの中で寝ている方も目を覚まして、しばし、この光景を眺めていました。

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   [ チェコの警察官による検問 ]

途中、検問があって警官がバスの中に入ってきて全員パスポートの検査がありました。

厳しそうな顔で入ってきたので、全員少し緊張しました。でも、何事もなく無事終わりました。慣れてきた所為か?椋鳥さんは、若い警官とツーショットを申し込まれました。すると、笑って、OKが出ました。

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さて、いよいよ、マイセンに到着です。とても楽しみにしていました。天気はとても良くて、気温もしのぎやすかったです。

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工房の見学というのが工場の中の見学という風に考えていましたが、どうも、そういうことではなく、何だか、建物からして博物館や美術館に来たみたいでした。

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近代美術館に来た雰囲気をした玄関に到着しました。

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   [ マイセンの見学受付カウンター ]

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  [ マイセンのお土産店 ]

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  [ マイセンのロゴ ]

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工房見学は、パーティションのような感じで長い部屋を工程ごとに仕切っていました。

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工房見学のギャラリーの皆さんを見回すのも面白い!

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小筆は、よく見ると細かく用途別に用意してあります。

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工程ごとに職人がいるといった感じで、分業による制作みたいですが、すべてがそうなっているのかは?わかりません。もし、そうだとしたら、やはり、器が高価になるのはやむを得ません。

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  [ マイセンを去る ] Web_627_68

   [ マイセンの近くの教会 ]

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  [ ドイツ名物ソーセージをここで食べました。]

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昼食後は、 ドレスデンへ移動します。このドイツ料理の定番には、キャベツとたまねぎを酢で煮込んだようなものが付いていましたが、皆さん、「うへ~」と閉口し、残そうとしました。そこで、僕が、ウインナのソースタレと一緒に混ぜるとおいしかったのでそうした食べ方を勧めました。

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こうした辻音楽師がドレスデンには沢山いました。

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ドレスデンでのお城の壁画をアップしました。

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向こう岸では、サッカーの実況中継をやっていました。この頃は、ドイツはサッカーの試合で盛り上がっていて、大歓声が時々響き渡りました。

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この娘も辻音楽師的存在ですかね?

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可愛い子供が壁画の通りを歩いてきました。写真を撮らせてもらうように頼みました。

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なかなか、ボリュームのあるお母さん達でした。気持ちよくカメラに応じてくれました。

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このワンちゃんもとても、癒し系で愛らしかったです。

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集合場所に早く着いて、待ちくたびれたので、この記念碑の上に上がって、カメラを下に置いて 撮影して遊んでいました。後で、親子三人のお母さんと娘さんに見せたら、「大藪さんは、ナルシストですね。」と、言われてしまいました。

「ナルシスト?ああ、三島由紀夫ですか・・・」と思わずため息をつきました。懐かしい言葉を聴いてしまいました。「三島由紀夫は自殺しましたね。」と、娘さんのお母さんが言われたので、「いや、あれは、自決です。」と、敢えて言い返して、「僕は、三島由紀夫を尊敬しています。」と、入らぬ事を言ってしまいました。

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これは、チェコのクラウン・プラザ・プラハホテルでとった、夕食バイキングの僕のセレクトメニューです。よく食べるでしょう!

最後の2日間の夕食は、好きなものを食べてくださいという、趣旨があったようです。手前の鉄火巻きみたいのは、寿司ですが、海苔の代わりに黒ゴマで周りを代用して造られていました。

最後の夕食と朝食は、あくまで、ツアーを申し込んだカップルだけで、最後の晩餐をプライベートな時間として楽しめるよう配慮してあったみたいで、このと きは、親子三人とは、別々に席が分かれるようにセットされていました。

結局、単身者三人組だけで食事をすることになり、ちょっと、寂しい感じになりました。JTBのツアーは、集団心理学をとても熟知した配慮がなされているよ うに思えました。

それは、添乗員さんの行動をよく観察すると、しっかりとその辺を押さえるのがうまいので、次第に気付いてきます。集団としてのムードの盛り上げと、個々の カップルのプライベートへの配慮など、やはり、経験を積まれているなあ~と感じるところがあります。

この日も単身者二人が食事を済ませた後も、ゆっくりと最後まで僕一人でお食事をしていました。途中、食事を済ませた親子三人の娘さんのお父さんが、僕のテーブルにやってきて、色々とお話をしてくれました。ひとりで、残って食事をしていたので寂しいだろうと思われたのでしょう。


< 明日は、いよいよ、最後のプラハ観光です。 >

by  大藪光政

 

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中央ヨーロッパ旅行記Ⅶ

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 [虹のかかったブダペストの早朝 /  ホテルの部屋より]

出発の日、早朝、昨夜の小雨で虹が掛かっているのを部屋から外を見て気付きました。

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ブダペストのホテルでの朝食。僕は、バイキングのときは、席を何度も立つのが嫌いですから、すべてを揃えてから食事します。この日も、ゆっくりと最後まで残って食べました。

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[ ホテルレストランの前のテラスでコーヒーを飲む]

昨夜、少し降った雨で外が少しぬれていました。ウエイトレスに外でコーヒーを飲んでも構わないか?一応聞いてたったひとり、外に出てコーヒーを飲みました。誰もいないから広々として気分最高!

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 [ ここは、ドライブインの売り場です。]

感激の町ブダペストを後にして、スロバキアのブラチスラバへバスは進みました。道中は、相変わらず、相棒の椋鳥さんとおしゃべりです。

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  [ ドライブインの外の景色 ]

バスのツアーの皆は、一回り年上の椋鳥さんを"トラベルワイフ"と認定していました。それで、僕が添乗員のMMさんに、そのことで、「皆さんは、椋鳥さんのことを僕のトラベル・ワイフと言っていますけど・・・それじゃあ~僕は、『トラブル』ハズバンドになりますかねえ~」と笑って言いました。

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  [ 展望台がある変わったデザインの橋です ]

添乗員のMMさんは、笑っていましたが、実は、次の宿泊先であるとても立派なクラウン・プラザ・プラハでその『トラブル』が待ち構えていました。

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[ スロバキアでのガイドさんです。 ]

こんな調子ですから、もう、恐らく、ツアーの誰もが僕の名前を覚えてしまっていると思います。逆に、実は僕が知っている名前は、添乗員さん、それに、椋鳥さんの本名と、写真家の I さんだけです。一緒にお食事をした親子のご家族の名前を聞きませんでしたので、知らないままで終わりました。

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 [ スロバキア・ブラチスラバ城 ]

知ろうと思えば知りたい相手のスーツケースに付いている名札とか、ホテルのキーを手渡す時とか、チャンスはありましたが、そうした行動を取る気はありません。名前とか僕にとってはどうでもよいことです。知りたいことは、相手の気持ちのみでしょう。

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スロバキアでの買い物は、空っぽのスロバキア独特のデザインで出来たガラス瓶を買いました。中身が入っていませんが、とても高かったですね。

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  [  このお店で装飾ガラス瓶を買いました。 ]

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「ひっくり返したテーブル」の愛称で親しまれているブラチスラバ城の中にあるお土産店で買った記念品は、現在、研究室の応接テーブルにマイセンのコーヒーカップ、そして、ボヘミアガラスのビールグラスと一緒に、当分の間、飾っています。

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  [ スロバキアの明るい女性 ]

スロバキアは、チェコと違ってECに加盟している国です。経済は良い方なのでしょう。町の建物も、とても近代的な立派なデザインをした建築物も見受けられました。

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  [ 疲れたワン、ひと休憩!]

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 [ ナポレオン皇帝と、肩を組む!]

見学後、バスはプラハへと行きます。所要時間4時間と45分!うへ~!

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[  ドライブインでお食事をしているスロバキアの家族 ]

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[ トラベルワイフも齢には勝てません!おっと、失礼!]

その後ろが、親子ですが・・・お父様もお疲れのご様子。娘さんは、何やら文庫本で読書中!流石、若いですね!

僕は、椋鳥さんのお休みの邪魔をしないように別の席で、写真撮影。

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  [ この建物は、広島ドームを設計した人が設計をしたそうです。]

下はクラウン・プラザ・プラハホテルです。

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  [クラウン・プラザ・プラハホテルの正面玄関]

クラウン・プラザ・プラハホテルの玄関は、金色の両開きの自動ドアです。とても、豪華です。このホテルで、僕は大チョンボをしました。

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  [ 添乗員のMMさんがチェックインの手続き ]

お部屋のキーは、カードです。僕の場合は一人でも、ツインなのでカードが二枚渡されました。それで、一枚は取り敢えず財布に入れました。

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そして、もう一枚は、ドアを開けたときの内側にあるカード入れに差し込みます。すると、部屋の照明が付きます。これは、日本のビジネスホテルと同じです。

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部屋に入ると、早速、一番にバスにお湯を入れるようにしました。そして、スーツケースが部屋に到着するのを待ちました。これが着かないと着替えもできません。

スーツケースがあまり遅いので、ドアを開けて見るとホテルのボーイが向こうに立っているのが見えたので、ちょっと声を掛けました。すると、そのとき、バターン!と音がして戸が閉まったのです。

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  [ 僕の部屋から見た外の景色 電車乗り場です。]

あれれ!時はすでに遅し!ロックアウトされてしまいました。財布は部屋の中です。だから、もう一つのカードを持っていません。

ボーイが事の成り行きをすぐに感じ取って、ポケットから共通解除カードを取り出して開けてくれようとしましたが、残念なことに合わなかったようで、僕に、英語で2~3分待つように言いました。

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  [夜は、バイキングでした。バイキングは朝だけにして欲しかった!]

それで、安心して待っていたのですが、すぐには戻ってきません。ヨーロッパのホテルの対応はかなり遅いという話を添乗員のMMさんから、最初に教えられたことをふと思い出しました。

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  [クラウン・プラザ・プラハホテルを電車乗り場から見る]

そこで、ハタと浴室のバスにお湯を入れていることを思い出しました。『このままでは、お湯が・・・こぼれて部屋中が浸水してしまうぞ!いや・・・満水になったら、溢れたお湯は、排水溝から流れ落ちていくようになっているはずだから・・・心配することはないと思うが・・・』そうしたことを胸の中で思った瞬間、損害は保険でなんとかなっても、万一面倒なことになるといけない・・・なんとかせねば・・・と焦り出しました。

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 [ホテルの前の電車乗り場を散歩]

すぐに、椋鳥さんの部屋に行って電話を借りることを思い付いて、ドアをノックして事情を説明し、椋鳥さんには、ボーイの戻りを見張ってもらって、兎に角、添乗員のMMさんの部屋に電話を掛けましたが電話に出る様子は無し。

あきらめて、僕の部屋前にてボーイを待っていたら、まもなく、ボーイが合鍵用のカードを持って来て開けてくれました。

部屋に入って、浴室に入ると間一髪の満水状態でした。(冷や汗がタラリ)

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  [ ホテルの売店のお姉さん]

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この方は、なかなか愛想の良い方でした。他にも、ポーズをとってくれました。

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ホテルの近所のワンちゃん。お散歩の途中です。

  <明日は、いよいよドイツのマイセンに向けて出発です。>

by 大藪光政

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中央ヨーロッパ旅行記Ⅵ

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ホテルでの朝食は、バイキングですがツアーメンバーの中でも、僕が一番よく食べていたと思います。そして、食事の時間も一番ゆっくりしていました。

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昼食は、バイキングは一度もありませんでしたが、旅行中、出されたメニューを全部食べ続けれたのは僕達、例の六人のメンバーでも僕一人でした。

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どこの国でも落書きがありますが、なんだか、ここまで書き込まれるとまるでモダンアートみたいですね。

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 [ハンガリーブダペストに到着]

旅行での失敗談は、笑われるので控えていましたが色々あります。ウイーンを離れる時、ホテルで出発する時に、添乗員のMMさんが、「大藪さん、お部屋の鍵はどうされました?」と、駆け寄ってこられましたので、「鍵は、ちゃんとフロントに置かれてある鍵籠の中にいれましたけど?」と、自信有り気に言いました。

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でも、無いという話ですから・・・一応、僕のポケットに入っているキーホルダーに、鍵が付いていないことを見せようとしたら・・・なんと、部屋の鍵の大きな部屋番が入っているプラスチックの札棒だけを返していて、鍵だけが僕のキーホルダーに付いたままでした。

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これが、どうも不思議でたまりません。ホテルの鍵と部屋番が入っているプラスチックの札棒がいつの間にか、分離していたのです。僕のキーホルダーにしっかりと付いて残っていました。思わず笑ってしまいました。

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でも、この後、次のホテルでも鍵のトラブルが続きました。ブダペストホテルからバスに乗り込んで出発するときに、また、例の如く・・・添乗員MMさんがバスに乗り込んできて、「大藪さん、部屋の鍵は?」と、また、聞かれました。今度は、部屋の番号が入った金属で出来ているホルダー丸ごとポケットにしまい込んだままでした。

今度は、言い訳も出来ませんでした。(トホホ)

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ブダペストでのガイドさんは現地の人でしたが、とても面白い人で日本語が達者でした。福岡にも遊びに来たことがあると言われていました。

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教会の中を見学している時、丁度、司教さんがおられるとガイドさんが言ったので、そちらに目を向けたら、何やらひそひそと話しているのを見ると、ダビンチコードを思い出してシャッターを思わず切りました。

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子供達も、有名な『漁夫の砦』漁夫の砦を見学に来ていました。

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  [マーチャーシュ教会にて]

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  [ハンガリーの民族刺繍店にて]

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僕のホテル『BUDAPEST』での部屋は、10階でした。15階までありましたが、この部屋からの眺めは格別に美しいものがあります。すっかり、このブダペストという名前の付いたホテルから眺めるブダペストの町にとても魅了されました。

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  [ホテル内のショップ店のやさしいお姉さん]

ここのショップを覗いていろいろと買い物相談をしてみると、とても、やさしく相談に乗ってくれました。だから、ここでブダペストの記念Tシャツ、キーホルダー、ボールペンなど色々買ってしまいました。女性にやさしくされるとついつい、鼻の下が長くなってしまいます。

ホテルでの買い物は、カードも安心して使えますし、円建ての金額もちゃんと教えてくれます。

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ホテルでの夕食は、相変わらず、六人組でお食事をしました。食事が済んでから、後で、ドナウ川のナイトツアーがあります。

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ガイドさんが、このホテルは何でも丸いと言っていましたが、確かにフロントからレストランに行く階段も螺旋で丸かったですね。

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ホテルの玄関の外から上を見上げると確かに何でも丸いわけがわかったような気分になりました。

そして、食事が済んで、夜九時ごろからクルーザーでドナウ川を2時間近く、クルージングします。その時刻が近づきました。ブダペストの夜九時は、まだ明るいですね。

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夕暮れとともに、イルミネーションがブダペストの別世界を演出していくのに気付かされた時は、もう、感動して何も考えたくありません。

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丁度、満月が現れてそれがさらに感動に導きます。

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旅行に出かける前は、ハンガリーなんてそんなに期待していませんでしたが、このブダペスト町全体が、僕達を歓迎しているようにとてもこの世とは思えない美しさを浮かび上がらせていたのには、天候も含めて、なんと幸運なんだろうと思いました。

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少し暗いですが、船尾から写真を撮ってみました。船尾にはハンガリーの旗が見えるでしょう。

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空の色も、ドナウ川の色も、時間とともに七変化します。

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僕は、後半、大型のクルーザーの二階から一階に戻って赤ワインをグラスに入れてもらって、それを持って船の先頭にあるテーブルセットの椅子に腰を下ろし、ゆっくりと滑らかに、そして静かに進む正面を見据えて、この静寂な美景を眺めながらワイングラスを傾けました。

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かなり、大勢の人が乗れるクルーザーをたったの28名で借り切っていたので、どこでもゆったりと過ごせるひとときのこの雰囲気は実にたまりません。 Web_625_171

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お月様とも、いよいよお別れになってしまいました。そして、クルージングも終了です。

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「今度の旅行の中で、もう一度訪れたいところは?」と、尋ねられたら、それはもう、このブダペストの町です。しかも、このイルミネーションの夜を是非、又、クルージングしたいですね。

<旅行もいよいよ残り少なくなってきました。次は、スロバキアに行きます>

by  大藪光政

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中央ヨーロッパ旅行記Ⅴ

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  [ウィーンでは、ARTIS ホテルに二連泊しました]

『旅は道連れ世は情け』と、言いますが、まさに、今回は偶然にも三人の単身者は、息が合ってとても楽しい旅が出来ました。

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僕が四月の火山の噴火で旅行が一旦中止になって、6月21日出発のツアーに再び申し込んで参加したのですが、同じ境遇で同じ日程を選択された親子三人の方がおられました。

まあ、中止になった不遇が同じであることはわかりますが、その親子三人組みも僕と同じ日程を選んで又、一緒になったいうのは、何か縁があるのではと思いま した。

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 [ ホテルのレストランで乾杯!]

丁度、『偶然から読み解く日本文化』という題の野内良三氏の本を読み始めたところでしたが、本当に人との出会いとは不思議なものです。

この、『偶然から読み解く日本文化』という題の野内良三氏の本は、後日、『書物からの回帰』のブログに掲載する予定です。現在読書中!

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   [単身者の三人組で又、乾杯!]

それで、この親子さんと僕達三人組は、どういうわけか?馬が合いまして、昼食や夕食は殆んどご一緒させてもらいました。

つまり、六人で食卓を囲んでの楽しい団欒です。まあ~賑やかなお食事会で旅行も楽しくなりました。

こうした関係が自然の成り行きで決まったということは、偶然ではなく、やはり、お互いの阿吽の呼吸もあったと思います。つまり、お互いの性格で違和感なく楽しく過ごせる相手だと直感的に感じ取りあったからでしょう。

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旅行の四日目は、ハプスブルグ家のシェーンブルン宮殿を見学しました。とても、広大な敷地に、ものすごい部屋数(1441)があり、とてもではありませんが時間的にも、ほんの一部しか見ることが出来ません。それでも、見るだけでため息と疲れが出てしまいました。

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ここを後にして、市立公園に建ち金色に輝く、ヨハンシュトラウス像 を見に行きました。この像は、嘗て、悪戯でペンキを塗られたりしていましたが、最近は、大丈夫とのことでした。ウィーン市内でも結構、ペンキでの落書きをよく見かけます。

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[名物料理、ウィンナーシュニッツェルの昼食をとりました]

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喫茶店でみなさんと休憩する手前のところで、素敵な女性がいましたので、写真を撮らせてもらいました。彼女はなかなか、ポーズとるのがうまかったですね。撮れた写真を見せると、彼女はとても喜んで、自分の持っているカメラで自分を写してくれと頼んできました。

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 ティータイムとして、喫茶店でザッハ・トルテとコーヒーをとりました。ケーキはとてもボリュームがあったので、夕食が入らないかも?と心配しました。

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シシィ博物館では、クリムト作「接吻」を見ることが出来ました。クリムトが日本の絵画の影響を受けていることなどの経緯がよくわかる作品もありました。

夜は、シェーンブルン宮殿でのコンサートを聴きに行きました。しかし、午後九時頃から始まるコンサートなんて初めてです。終わった時は十一時近くになっていました。

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会場に着くと、シャンデリアがとてもきれいでした。昼間みたときとは、大違いです。

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天井のフレスコ画もすごいですね。

いろんな国からも観光に来られて、このコンサートも楽しまれたようです。僕の隣二人は、ちょっと聞いて見るとロシアから来られたということでした。添乗員のMMさんに写真を撮ってもらいました。

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演奏会も、こんなに豪華な会場で演奏されると本当に感激しますね。コンサートは、モーツアルトとシュトラウスの曲が交差してありましたが、楽団は室内楽構成で、あと、声楽として歌劇を引用して、ソプラノとテノールの歌手が交互に出演しました。

室内楽は、ウィーンフィルがそうであるように打楽器と管楽器がとてもうまいので、室内楽も締まって聞こえます。

歌劇の歌手の声は綺麗でしたが、ソプラノ歌手は声量が不足していました。恐らく、ベル・カント唱法を摑んでいないのでしょう。会場が違うので一概に言えませんが、僕の習っているコーラスの諸冨先生の方が上手だったと思います。

最後のアンコールはヨハンシュトラウスのラデッキー行進曲を演奏して団員が徐々に去って行きました。うまく出来ている。(笑)

会場を出て、迎えのバスまで行く途中、親子連れの娘さんが一人で歩いていたので一緒に歩きながら音楽会の感想を語りながら帰りました。音楽会もひとりで演奏を聴いて黙って会場を去るよりも音楽会のことを語りながら帰る方が楽しいことは言うまでもありません。

以前から相手を知っているような気分で語りながら歩いて行ったのでなんだか不思議な気持ちを懐きました。僕は、ここ数年、初対面の他人でも旧知の朋と同じ接し方をするよう心掛けています。

今回、旅がとても楽しかったのは紛れもなくそうした心掛けだったからでしょう。たとえそれが、一期一会の関係だとしても、現世利益的な考えを持たず相手に対しては惜しみなく尽くす気持ちが大切だと思います。そうすることで相手もきっとそれとなく感じ取ってくれるものだと信じています。

そうした波長の合った共鳴できる人が、僕の知らない何処かに住んでおられたことをこの旅行で改めて知らされた時、『存在』の不思議さをつくづく味わうことが出来る旅だと感じました。

<次は、ウィーンを離れてハンガリーの首都ブダペストへ>

by 大藪光政

 

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中央ヨーロッパ旅行記Ⅳ

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[ ドライブインのストアで単身者三人一緒に記念撮影 、僕は左です。]

真ん中は、毛利家家臣の子孫の椋鳥さん(ニックネーム)、右は、写真家のとても温和な I氏です。三人は、旧知のような仲良し三人組でした。(懐かしいなあ~どうしているかな)

チェコからオーストリアへのバスでの移動が、これからの移動においてほぼ同じ繰り返しとなります。休憩は国内の観光バスとは違ってあまり取りません。だいたいどんなに短くても1時間半、普通は2時間ぐらいは休憩無しでノンストップで走ります。

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  [ ザルツブルグに到着 ]

だから、バスに乗る前は必ずトイレを済ませておくのは、常識となりますし、ビールの飲みすぎも禁物です。お昼のビールはほどほどにしないといけません。また、歩きも多いですから、アルコールの取り過ぎは後が辛いです。

ビール好きの僕は、その点、とても慎重に調整しました。(笑)

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ミラベル庭園やレジデンツ広場を見学しました。

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これは、望遠で撮っています。見学後の集合場所が噴水の少し先でした。庭園はとても広いのでなんだか迷子になりそうです。幸い、人は少なかったと思います。

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ここから、先程の上の写真を望遠で撮ったのです。ちなみにパナソニックのコンパクトなデジカメ10倍ズームカメラです。

 

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この庭園の広さを堪能するには、ここでの過ごす時間が少な過ぎるなあ~と思いました。

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この辺で、集合場所に行こうとしたら、添乗員のMMさんから、「大藪さん、ドレミの階段行かれましたか?」と聞かれました。サウンドオブミュージックの撮影場所だからって、階段をわざわざ見に行っても?とは思いましたが、気を取り直して、また、逆戻りしてひと目見ることにしました。もう、足の裏が痛くって・・・。

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丁度、地元の方がワンちゃんを連れて散歩していましたので、ドレミの階段と一緒に記念に撮りました。(階段だけだと莫迦みたいですから)

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丁度、指を指しているのが、ガイドのABEさんです。モーツアルトの生家の近くです。ここは、流石に観光客が多かったですね。この近くで、塾生のお土産としてモーツアルトとピノキオの操り人形を18体お土産に買いました。

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女店主は、人形の数の多さに驚いていましたが、最後はにっこりと笑って、おまけとしてモーツアルトのデザインが入っているチョコを頂きました。

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疲れた足で、やっと、ARENAホテルにたどり着きました。

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 [ホテルカウンターレディー]

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 [ホテルの前を走るトロリーバス]

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 [早朝、僕の部屋から積雪した山が見えました]

この、早朝の景色に気付いたのは、ツアーでは私だけでした。部屋の位置が良かったからのようです。またまたラッキー!

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湖畔の奥にお城みたいな建物があって、その前を白鳥が一羽静かにまっすぐに泳いでいたので、これは絶好の撮影チャンスと思ってズームでシャッターを切りました。

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お食事前に、ドライバーのイワントさんと添乗員のMMさん、そして、椋鳥(ニックネーム)さんと、写真撮影しました。僕は、この後、ドイツ人とちょっと話し込んでいましたら、皆とはぐれて一瞬、あわてました。

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レストランにて、このオーストリア娘はとても可愛いかったので、写真を撮らせてもらいました。そして、握手してこの娘の手を握らせてもらいました。写真よりとても実物の方が可愛かったです。あとで、お皿を片付けている時、さりげなく、チップを別に渡すと、にっこり笑っていました。

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ザルツカンマーグー地方の観光でとハルシュタット湖畔はとてものどかで気に入りましたが、気温が低いにもかかわらず、レストランビーチにて水泳を楽しんでいるのにはびっくりしました。どうも、オーストリア、ドイツ、チェコでは気温が15度程度でも平気に水泳を愉しむようです。

この日は、歩きも少なくほっとしました。そして、オーストリアの首都ウイーンまで、四時間半ぐらいの道中は、バスでゆっくり椋鳥さんとお話をしました。

旅行中は、入浴は一日三回することにしました。ホテルに着いて一回。寝る前に一回、そして、朝に一回。これで足の疲れが取れます。僕は、運動のしすぎで旅行前から、足底腱膜炎をゆずらっていましたから、とても、厳しい旅行でした。

<明日は沢山歩きますと言われてため息をつく・・・>

by 大藪光政

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中央ヨーロッパ旅行記Ⅲ

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        [ 朝のチェックアウト時のカウンターレディー ]

あのハンサムなフロントの男性が僕の散歩の途中、夜勤の仕事を終えてラフな格好で帰っているのに出会いました。彼は、僕のことを覚えていて、朝の挨拶をしてにっこりと笑って行きました。

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チェコでもっとも美しいといわれるチェスキー・クルムロフの街並みと13世紀に建てられたチェスキークルムロフ城と中世の佇まいを残す旧市街地を見て廻りました。このときから、もう、石畳で足が痛かったですね。

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チェスキークルムロフ城からは、現地の年配の女性が英語で案内してくれました。英語はとても丁寧だったと思います。添乗員さんが通訳してくれました。でも、ガイドさんの言葉尻を捉えて理解するのも面白いです。

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この日から、観光案内については、ガイドと添乗員さんが携帯用の『イヤホンクリボ』という機器を全員手渡されて聞くことになります。これは、結構、離れていてもよく聞き取れるので迷子のツールとなりがちであると言われたのは、ウイーン案内の斎藤氏の言葉でした。つまり、離れていてもよく聞こえるので、皆が遠くに移動しても気付かないことになるからです。

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皆さん、このお城からの美しい光景がとても気に入ったみたいで写真を一生懸命に撮られていました。でも、この光景と自分、或いは連れと一緒に収めたいと思うのは人の常です。最初は、ご夫婦同士で交互に撮り合っていました。

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それで、僕が「シャッター押してあげましょうか?撮ってあげましょう。」といったら、ご夫婦の方たちはとても喜んでくれました。これを機会に皆さんがお互いに、写真撮影に関してはツアーの仲間として気軽に助け合うようになりました。

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 [ 中世の大砲でしょうか?とても細長いのが特徴ですね。]

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   [ やっと、姿を見せた熊さん ]

お城には、熊など珍しい動物を飼っていたということです。でも、この熊なかなか手足だけ見えたりで、全貌を見せずにいたので、観客はやきもきしていましたが、僕は、出てきたこの瞬間を捉えることができました。出てきても一瞬の内に木々に隠れてしまいます。

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城内で、こんな指をデザインした階段がありました。ちょっとしたモダンアートみたいですね。面白かったのでカメラに収めました。

この城を出て、城外の歴史ある城を散策することになりましたが、結構、歩きました。

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この川では、川下りを楽しんでいる光景にも出会いました。後でも、よく見かけるのですが、ヨーロッパ人はどうも、川遊びが好きなようです。カヌーなんかでもあちこちで漕いでいる光景をバスの中から眺めることが後でもありました。

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途中、現地の子供たちの遠足に出会いました。とても可愛いかったので、数枚写真に収めました。これは、赤い服を着た子がじっと僕を見つめています。

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城を出て、橋を渡って市内を見物しました。もちろん、教会の中も見ました。教会の中では、とても古いパイプオルガンが目に留まりました。

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ちょっと面白いのが、お墓を壁に埋め込んだレリーフみたいなものです。とても、お墓とは思えず印象に残りました。

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そろそろ、お腹もすいて、ここで昼食をとりました。もちろん、大好きなビールを注文しました。午後からは、バスでザルツブルグへと210kmの移動します。(約三時間半)ビールはビッグを二杯飲みました。料金は日本の半分くらいでした。

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チェスキークルムロフ城を後にして、チェコをいったん出国します。とても、好天になってきました。

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< バスに乗車して、ザルツブルグへと出かけます。>

気分最高の状態で、ザルツブルグへと・・・

by  大藪光政

 

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中央ヨーロッパ旅行記 Ⅱ

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プラハに着いたのは現地時間で午後六時過ぎだった記憶があります。飛行機は、福岡出発の時から若干の遅れがありました。でも、現地は結構明るくて日本の感覚とは違います。

入国検査も怖い目で見られるといやになりますね。日本を出国するときは眼鏡のスプレークリーナが没収されました。使用残りわずかしか入っていなかったのですが、成分に可燃性のガスを使用していたので駄目でした。

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やっとゲートを出ると、今度は空港警備の警察が鋭い目で入国者を待ち受けていました。どうも、殆んどの警官は丸坊主だったようです。

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あとは、世界遺産の町チェスキークルムロフにあるホテルに直行です。途中、トイレ休憩として一箇所だけドライブインに入りました。

ここで、ちょっとした買い物をして、コインを手に入れることにしましたが、お店の人はユーロのおつりをあまり持っていなくて、僕の後二、三人でもうユーロのコインはないから、チェココルナでおつりをもらうことになったそうです。

コインは、明日の朝ホテルを立つときの枕銭としておいて行く為の準備金です。まあ、現地のコインで充分なのでそう気にする事はなかったと思います。

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   [ バスの運転手イワントさんのお守りの魔女人形が印象的でした]

バスのドライバーは、左の下に座っておられます。名前は「言わんと」という名前です。

そうです。『イワント』さんです。すぐに、この名前は覚えられました。「そんなこと、イワント」といって、となりの席の椋鳥さんに笑っていいました。

そうそう、最初にバスに乗り込んで、どの席に座ろうかな?と思っていたら、機内にて、荷物の上げ下ろしを手伝ってあげた女性が一人座っていたので、旅は道連れということで、お連れがいるかを念のため聞いて座りました。

バスは、定員の半分しか乗っていませんし、このボルボ製の堅牢なバスはゆったりしていましたから、本当は座席二つをひとりで占有できるスペースがあったのですが、これからのバスによる移動は、3~4時間は当たり前ですから、話し相手が欲しくなります。

のちに旅行中、二人はバスの中で一番賑わってお喋りしたのでとても有名になってしまいました。

チェスキークルムロフに到着したバスは、駐車場までしか行かず後は荷物を持って歩きです。ここで驚いたのはバスのドライバーはビールケースが置いてある狭い駐車場に誘導もなく一人でバックしていました。どうも、全般的にこちらの国の人は、そうした運転技術があるみたいです。

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[ ホテル ベルビューのフロントマン とてもハンサムな方でした ]

ホテルに着いた時は、まだ、遠いヨーロッパに来た気分にはなれません。そんなことより、ホテルに着いて夕食が無いという感覚がなんとなく物足りなく感じました。その夜は、まだ誰とも親しくなっていないので、仕方なく、荷物の確認と明日の準備だけということになりました。

バスの中で添乗員さんの事前説明では、こうした小さな田舎町のホテルは、シャワーだけの部屋になるかもしれないという前置きと、お湯も一度にみなさんが到着してすぐに使われると、出にくくなるので夜遅くか、早朝、だと大丈夫だと言われました。

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また、今後、旅行先のホテルでは部屋に入ったら必要なものがちゃんと使える状態になっているか?をすぐに確認してくださいとのことでした。そうでないと、修理や取替えにはかなりの時間を要するとのことでした。

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これには、いささか驚きましたが、どうも、ホテルが高級でないとかといった問題ではなく土地柄のヨーロッパ人の感覚がどうもそうのようだということに気付かされます。

僕の部屋は、とても広くてバスルームも写真ではわかりにくいですが四畳ぐらいの広さでした。バスルームは天井と壁が丸くアーチ状になっていたので、残響がとても良かったので、ここでコーラスの発声練習が出来ました。(笑)

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後で分かったことですが、ツアーの皆さんの中で僕の部屋が一番よかったようです。同じ料金なのに何故?という疑問がツアーの人たちでありましたが、偶然、そうなったのか否かはわかりません。

ただ、僕だけがJTBツアーで、二度も中止させられた経緯をもっていたので、そのお詫びとしての特別な計らいだったのかな?と勝手に解釈して皆さんにそう説明しました。(笑)

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    [ ホテル ベルビュー前の誰も通っていない朝 ]

朝、ホテル周辺をちょっと散歩しました。ちょうど、カメラマンの I さんも散歩して周辺をカメラに収めたかったようで一緒に散歩しました。

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川沿い前まで行きたくて昨夜の道を戻って行きました。川は、スメタナの交響曲で有名なモルダ川です。川の水は灰褐色をしています。

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< いよいよ世界遺産チェスキークルムロフ市内観光へ出かけます >

by  大藪光政

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中央ヨーロッパ旅行記 Ⅰ

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2010年6月21日に福岡を出発。

国際線は昔と変わっていて、集合場所が分からずデスクにある案内の電話を使って尋ねてカウンターに向かう。

JTBの添乗員MMさんと集合時間八時三十分前に会うことが出来た。ユーロの両替を受け取る。買い物はカードを使うから小額のユーロ所持で済ませる。

はじめて会った添乗員MMさんは、何故か?そっけない。後で気付いたのだが、両替金の引渡しで気持ちがそちらに集中していたようだ。やはり、参加者の現金を間違いなくトラブルのないよう確認して手渡す必要があるからひとりひとり、ご機嫌を取る余裕は無かったと思う。

僕が手にしたユーロは、四月の火山噴火の時に両替したレートですから、当時1ユーロが130円で、残念ながら損をしている。現在は限りなく100円に近づいているからヨーロッパの旅もお手ごろとなっている。

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出発の時間が近づくと皆さん、トイレに行ったりしていました。最初はお互い見知らぬ人ばかりで、ひとりの年配の男性が添乗員のMMさんに、「トイレに行ってきますからスーツケースを預かってくれませんか?」と、頼んでいたら、「私は、ちょっと用があるのでどなたかに預かるようお願いしてくれませんか?」と、私の顔を見て言われました。

そのときも、ちょっと冷たいなあ~と思いましたが、これも私の思い違いでした。添乗員は、そうしたことを引き受けると動きが取れなくなってしまいま す。だから、その後、旅行中もそうしたことは、極力避けておられます。

これは、添乗員の立場からすれば当然かもしれません。国内旅行と海外旅行の場合とでは、添乗員の引率の手法がまるで違うことに気付かされます。

その方から、すぐに僕に依頼されましたから、「ああ、どうぞ!」といって、その方が行かれた後は、僕はその方のスーツケースを戻ってこられるまでしっかりと握っていました。僕は、すぐに、気を逸らしてしまう方ですから無くなったら人様のものだから大変だと思ったからです。(笑)

依頼された方が、今回のツアー二十八名のうち、単身者三名の内の一人、Ⅰさんでした。彼は、旅行中、カメラマンとして撮影に夢中になっておられた方であっさりした方でした。

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       [インチョン空港内]

まずは福岡空港から大韓航空でインチョン国際空港へ、一般的にはソウルと示されていますが、この空港はハブ港としてとても有名です。昔は金浦空港でしたが、いつの間にか韓国は国際線においては、成田を凌いでしまいました。

大韓航空は、離着陸が乱暴だと息子が言っていましたが、私が乗った飛行機はすべてまずまずの離着陸でした。特に、帰りはとてもうまかったですね。着地のショックが皆無でした。

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       [PC&インターネット利用スペースにて]

{インチョン空港内ではインターネット&PCが無料で使えますが漢字変換が出来ません}

インチョンでは、待ち時間が1時間以上あったので、ショッピングが出来たのですが、今買うと旅行中の手荷物が鬱陶しいからまったく買いませんでした。それに、パッケージが韓国で買ったとわかるから、やはり、ヨーロッパで買わなきゃと思いましたが、後で、ヨーロッパのパッケージのお国柄を知ってガッカリしました。

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いよいよ機内に乗り込んで、手荷物を上の収納スペースに入れていると、ひとりの年配のご婦人が、入れるのに苦労されていたので手伝ってあげました。その方は、降りる時僕を指名して下ろすのを手伝うよう頼んで来ました。

その方が単身者三名の内の一人、椋鳥さん(ニックネーム)であることが後でわかりました。

ソウルからプラハまでの飛行時間は、約11時間程度ということでしたが、行きに関してはちょっと窮屈さを覚えて機内を散歩したりして時間を潰しました。

その機内散歩をして後部に行くと、最後のどん詰まりには、スチュワーデスさんの仕事場となっていました。そこで、なんとスチュワーデスさんたちが立ってお食事をしていました。僕らと同じメニューだったみたいです。

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僕を見かけると、「トイレはこちらを使ってよいですよ・・・」と、スチュワーデス専用トイレ?みたいな奥を手で示してくれました。それで、「いや、ウォーキングをしているだけです。」とカンタンに英語で返答すると、皆さん笑ってくれました。

そこで、会話の言葉が英語と韓国語が主流であることについて質問したら、「お客様の多くがそうですから仕方ありません。」といわれたので、そこで当たり前なことに気付き、「僕もそう思う。」と、答えたら皆さん爆笑されました。(乗客の日本人はわずかなのです。)

この件があってか、スチュワーデスさんたちは、帰りの飛行機で同じになった方は僕をしっかりと覚えてくれていました。そのことが後でわかったのは、僕の帰りの飛行機でのちょっとした失敗があったからです。

スチュワーデスが機内でリラックスするスリッパをサービスで支給してくれますが、やはり、自分で持ち込んだものが、足に馴染んでよかったと思います。これは、ホテルに着いてもとても助かりました。ホテルには日本のようにスリッパなどありませんし、やはり、自分のものが一番です。

長時間となると、特にどういうわけか?行きはとてもトイレが込んでいました。何人か並んでじっと待っています。僕の座席はトイレの近くでしたので並んでいない頃を見計らって席を立つことができました。特に、食事の後はトイレラッシュでしたね。

皆さんがトイレに出かけない前に、なるべく早めに行くのがコツですね。

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       [機内食の食べかけを撮影]

事前に、知っている通り機内では食べて飲むばかりでしたので、体調を壊す心配もあり、ビールはほどほどにしました。ビールは韓国産が意外とあっさりしてうまかったですね。

<まずは、チェコ空港へ到着するまでの記録>

by  大藪光政

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